후리가나로 읽는 일본 고전
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ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ
東山時代における一縉紳の生活
原 勝郎
原 勝郎의 東山時代における一縉紳の生活(ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 69,142자 · 134화면
ほかに、聯絡の一鎖をなした者の中には音一という座頭などもあった。音一はもと尾張生れの者で、六歳にして明を失い、十二歳のとき京都へ出で、『平家』を語ることを稽古してその技に熟達した。同人が実隆に紹介されたのは、永正三年その二十四歳の時で、紹介人は実隆と別懇なる渡唐の禅僧了庵であった。初対面の時には実隆に数齣の『平家』を語らせ一泊させて帰した。この音一これが翌永正四年五月、西国での文芸の保護者なる大内家をたよって周防に下向したが、その出発の際には、実隆より餞別として帯三筋、三位局と、新大納言典侍から帯各一筋、上※(「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1-91-26)局から白帷一を送ったので、音一は祝着の体で出発したのである。その音一の周防から上洛したのは翌年の十月であるが、その後検校となり相変らず実隆邸で『平家』を語り、七年九月に駿河国に下向した時には実隆の手紙をも頼まれたのである。おそらくは久しからずして音一は駿河から帰洛したものであろう。永正九年閏四月には、能登へ遍歴のため出発したのであるが、その発足以前に、実隆はかねて音一から所望されてあった『伊勢物語絵詞』