후리가나로 읽는 일본 고전
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ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ
東山時代における一縉紳の生活
原 勝郎
原 勝郎의 東山時代における一縉紳の生活(ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 69,142자 · 134화면
また足利時代の京都は、無警察であるとはいうものの、また公卿の家も時々賊に襲われたとはいうものの、生命の安全からいえば、公卿の家ははるかに武家よりも安全で、深く武家と結托し、戦陣まで同道するというような連中のほかには、生命の危険というものは極めて稀であった。されば公卿でも、中以上の連中になると、概して応仁後においても気楽な暮らしをなしつつあったのである。しからばその中で三条西実隆はいかなる生活を送ったか。さらに回を重ねてこれを説こう。
先ず実隆の住宅からして説き起そう。『実隆公記』の明応七年五月十八日の条に、中山家の雑色が黄昏ごろ武者小路において、何者のためにか疵を蒙ったことを記して、その割註に「この亭垣を築く前」としてあるところを見ると、この時分の三条西家は武者小路に在ったらしい。しかも北側ではなかったろうかと思われる。というのは三条西家の東隣には正親町三条家がおったらしく、実隆のみならず家族までもそれと往来しているが、その東隣の宅地の巽の角に、諏訪信濃守の被官人某が、明応七年に地借りをして、小屋を造ったということがある。さてその小屋なるものは地内でもたいてい武者小路の往来に近く建てられたものと想像し得べく、しかしてそれが巽の角であって見れば、これを街路の南側とは見なし難い。