후리가나로 읽는 일본 고전
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ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ
東山時代における一縉紳の生活
原 勝郎
原 勝郎의 東山時代における一縉紳の生活(ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 69,142자 · 134화면
の人に教うるに、当時の九重の奥にも、いかに下ざまに流行した趣味好尚が波及しておったかをもってする貴重なる史料で、換言すれば日本の文化史に、大なる貢献をなしているのである。いま読者の参考に資するために、実隆が陪観したという遊芸の重なるものを挙ぐれば、京都のものでは、七条辺に住居した西川太夫一座の猿楽で、中にも児舞は最も興がられた。大黒衆の拍子というのもあった。観世太夫の弟で、遁世して宗観と称した者がまかり出でて、尺八、音曲、太鼓等を御聴に達したこともある。旧遊女で後尼となり真禅と号した女が、曲舞を演じたこともある。幸若の流を汲む越前の芸人が上洛して、二人舞というを御覧に入れたこともある。また昔からありきたった傀儡子が、宮中でもって輪鼓、手鞠等を興行したこともある。曲舞の児の上手を叡感あらせられて、扇を賜わった時に、実隆が仰せによって古歌を認めて与えたこともある。これによって見ると、能狂言の少ない点だけが朝廷の好尚の武家と異るところで、その他にいたってはほとんど差別のなかったことがわかるだろう。日記文亀元年四月七日の条に、内裏の女中衆が今熊野の観進猿楽を見物に出かけたことを叙して、故大納言典侍の在世中は、後宮の取締りも厳重であったが、その後自由になり過ぎたと記しているけれど、外出はできなくとも、宮中にも相応