일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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うたのえんじゃくするとき

歌の円寂する時

折口 信夫

折口 信夫의 歌の円寂する時(うたのえんじゃくするとき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 13,623자 · 28화면

아오조라 문고

茂吉さんの見出した新生命は、其知識を愛する――と言うより、知識化しようと冀う――性癖からして、『赤光』時代には概念となり、谷崎潤一郎の前型と現れた。

正岡子規に戻って見る。この野心に充ちた気分からは、意識的に動きそうに見えながら、態度はその反対に、極めて関心のないものであった。その平明な日常語を標準とした表現と、内容としての若干の「とぼけ」趣味が、彼の歌を新詩社一流の、あつい息ざしを思わせるものとは懸け離れた、淡い境地を拓かしたのである。

芭蕉には「さび」の意識があり過ぎて、概念に過ぎないものや、自分の心に動いた暗示を具体化し損じて、とんでもない見当違いの発想をしたものさえ多い。「くたぶれて、宿かる頃や 藤の花」などの「しおり」は、俳句にはじまったのではなく、短歌の引き継ぎに過ぎない。でも「さび」に囚われないで、ある生命――実は、既に拓かれた境地だが――を見ようとして居る。「山路来て 何やら、ゆかし。菫ぐさ」。これなどは確かに新しい開拓であった。「何やら」と概念的に言う外に、表し方の発見せられなかった処に、仄かな生命に動きが見える。これも「しおり」の領分である。