후리가나로 읽는 일본 고전
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せいぜんしんごのこと
生前身後の事
中里 介山
中里 介山의 生前身後の事(せいぜんしんごのこと)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 41,804자 · 83화면
のである、というのは、不如帰でもなし、乳姉妹でもなし、魔風恋風でもなし、新派のやるべきものはやり尽して仝じ型で鼻についてしまったのだ、脚本家として佐藤紅緑氏が大いに成功もし努めもしたけれどもそれとても隻手をもって無限の供給に堪えきれなくなった俳優の人材に不足はないけれども脚本飢饉の為に新派は衰滅の道を取ろうとしていた時であった、「高野の義人」の時も佐藤紅緑氏が例によって新派の為に書きは書いたが、当人も自信がなく、俳優の幹部も余り気のりがしなかったようだ、そこへ余輩の「高野の義人」に眼をつけたのが高田実であった、何かのはずみに社中の伊原青々園氏に向ってこれを演りたいものだと高田が云い出した、ということを余輩が伊原氏から直接に聞いたのが縁の始りであった。
これより先き我輩の高田実に傾倒するは古いものであった、いつの頃であったか神田の三崎町の東京座で――東京座といっても今の若い人達には隔世の歴史だが、当時は東京の三大劇場の一つで今の歌右衛門、当時の芝翫が歌舞伎座に反旗を飜してここに立て籠ったこともあり、また我輩も先代左団次一座に先代猿之助だの今の幸四郎の青年時代の染五郎等の活躍を見た