후리가나로 읽는 일본 고전
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めぐろのてら
目黒の寺
岡本 綺堂
岡本 綺堂의 目黒の寺(めぐろのてら)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 1,661자 · 4화면
そんな考証はしばらく措いて、目黒行人坂の名が江戸人にあまねく知られるようになったのは、明和年間の大火、いわゆる行人坂の火事以来である。
行人坂の大円寺に、通称長五郎坊主という悪僧があった。彼は放蕩破戒のために、住職や檀家に憎まれたのを恨んで、明和九年二月二十八日の正午頃、わが住む寺に放火した。折から西南の風が強かったので、その火は白金、麻布方面から江戸へ燃えひろがり、下町全部と丸の内を焼いた。江戸開府以来の大火は、明暦の振袖火事と明和の行人坂火事で、相撲でいえば両横綱の格であるから、行人坂の名が江戸人の頭脳に深く刻み込まれたのも無理はなかった。
そういう歴史も現代の東京人に忘れられて、坂の名のみが昔ながらに残っている。
かぐつちは目黒の寺に祟りして長五郎坊主江戸を焼きけり
◇
滝泉寺には比翼塚以外に有名の墓があるが、これは比較的に知られていない。遊女の艶話は一般に喧伝され易く、学者の功績はとかく忘却され易いのも、世の習であろう。それはいわゆる甘藷先生の青木昆陽の墓である。もっとも境内の丘上と丘下に二つの碑が建てられていて、その一は明治三十五年中に、芝、麻布、赤坂三区内の焼芋商らが建立したもの、他は明治四十四年中に、都下の名士、学者、甘藷商らによって建立されたものである。