후리가나로 읽는 일본 고전
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こうせんぜんじのことども
禅堂生活
鈴木 大拙
鈴木 大拙의 禅堂生活(こうせんぜんじのことども)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 27,634자 · 57화면
宗演師は一個の禅僧として、意志強く、又世を浮雲の如く見て行く、所謂るお悟りの人のように思われもしたであろうが、その実、情の人であった。
情の話をすると、こんなことがあった。或る時、若い婦人(と思う)が早世した。その葬式に臨んで、不図師は涕泣した。傍人はこれを怪しんで、「世捨人にも亦これあるか」と云う。このことを師は後からわしらに話して、「世間では禅坊主はまるで人間でないと思って居るらしい」と云って居られた。
宮崎虎之助は、「予言者」として飛びあるいた、妙な宗教者であった。わしの所へ尋ねて来て、これから東慶寺へ行くから紹介せよと云う。宗演師に会って、色々と自分の不遇・不幸を訴えたと見える、即ち或る宗教者は有福なブル的生活をして居るのに、自分は轗軻不遇、今日の衣食にすら窮すると云う不平であったらしい。これは後から老師から聞いたのである。その時老師は、「そんな不平があっては、まだ真の予言者にはなれぬ、今一段の修行を要する。併し実際問題として、衣食に窮してはお困りだろう」と云って、老師は信者の喜捨金一包をそのまま与えて別れられたことがある。宮崎君のような宗教家は時々見付かる。