일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しほんたいへいき

私本太平記(七)

吉川 英治

吉川 英治의 私本太平記(七)(しほんたいへいき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 330,262자 · 662화면

아오조라 문고

――そして元々の大内山は大内裏造営工事の工もいまだ半ばのままで、しょせんお入りあるにはたえない。で、一時、鳳輦は、

成就護国院

へ入らせられたが、ここも手ぜまやら御不便となって、あくる日すぐまた、

花山院亭

へお移りになった。

いかに難に屈しない御性格のみかどであったことか。翌二月二日には、はやくも仮の政庁にたって諸政や軍務にたずさわっておられたのだった。過般来の合戦にぬきんでた功のあった人々への御感の軍忠状には、ままこの二月二日付けのものが多い。わけて北畠顕家、結城宗広、その一族、田村の荘司らへの感状には、

遠路をしのぎて

たちまちに参洛し

おん大事に会ふの条

御感ななめならず……

という特別な叡慮も辞句にはいっていた。またそれに徴してもこれ以外のあまたな将士にもそれぞれ何かのかたちで嘉賞の沙汰が一せいにおこなわれたのはいうまでもないだろう。

洛中はこうしてさかんな凱歌にわいた。この声につられて山野の疎開者もたちまち元のわが家へ帰っていたろう。すなわち、一日のまもおかなかった還幸の急は、洛民へのそのねらいが第一であったものとおもわれる。

一方。――一時は戦死説までつたえられていた尊氏、直義のふたりは、途々、みじめな残軍をかきあつめては、これをひきつれて、丹波の篠村へ落ちのびていた。