후리가나로 읽는 일본 고전
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しほんたいへいき
私本太平記(三)
吉川 英治
吉川 英治의 私本太平記(三)(しほんたいへいき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 222,108자 · 446화면
広田の宮のあたりにても、御輿とどめて、拝み奉らせ給ふ。葦屋の里、雀の松原、布引の滝など御覧じやらるるも、ふるき御幸ども思し出でらる。生田の森をも、とはで過ぎさせ給ひぬめり。湊川の宿につかせ給ひけるに、中務ノ宮(尊良親王)は、昆陽の宿におはしますほど、間近く聞き奉らせ給ふも、いみじう哀れにかなし。〔増鏡〕
ここに、一ノ宮尊良の名があるのは、すでに後醍醐の立たれた翌八日、尊良、宗良の二皇子もまた京を発して、讃岐と土佐へ、別れ別れ、護送されて行く途中にあることをいったものなのである。
ゆうべは、父皇が泊まった昆陽の宿に、次の夜は、やはり流囚の旅の二皇子が、同じ屋根の下に臥されるなど、旅情、むごたらしいというほかない。
その一ノ宮は、福原から箱船で土佐の国へ送られて行ったが、もう一人の弟宮の宗良は、なおも陸路を追われ、須磨、明石からやがて播磨路へ入っていた。
そして、十二日の頃。
「さきを行った後醍醐の御列は、今宵すぐ近くの加古川ノ宿にお泊りらしい」
と、ふとお耳にされた。
その宵。皇子宗良の一行は、播磨印南のわびしげな一宿場、野口ノ里の教信院という念仏道場をその宿所としていた。