후리가나로 읽는 일본 고전
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はんちゅうとしてのくうかんについて
範疇としての空間に就いて
戸坂 潤
戸坂 潤의 範疇としての空間に就いて(はんちゅうとしてのくうかんについて)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 45,453자 · 89화면
に過ぎない*。今や空間は主観的でなければならないという主張の一つ――恐らく最も尤もらしく見えた――は否定された、けれどもそれが一般に主観的であってはならないという主張はまだ肯定されてはいない。之を肯定するために私は、もし仮に空間を何かの理由で主観的と考え得るならば、即ちそのように主客の対立を許すならば、空間は寧ろ主観的よりも却って客観的と考えられる方が正しいということを示そう。
* 観念性と主観性、実在性と客観性との区別を正当に説いたのは A. Marty(Raum und Zeit, S. 140―160, etc.)であると思う。たとえ彼のカントの空間に対する批評が一般に必ずしもカント学徒を説服するに足りないであろうとも、少くとも今の点に於ては彼はカントに対する新しい解釈の徒労でないことを実際に示してはいないか。
何故に空間が主観的と考えられ易いかは凡ての場合を通じて、恐らく空間が表象であると考えることから理解出来る。何となれば表象は普通意識にぞくすと考えられ、意識は又普通主観にぞくすと考えられているからである。併しながら意識が凡ゆる意味に於て主観にぞくすということも、又表象が凡ゆる意味に於て意識にぞくすということも、終極に於ては一つの疑問であるかも知れない。