일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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がもううじさと

蒲生氏郷

幸田 露伴

幸田 露伴의 蒲生氏郷(がもううじさと)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 65,772자 · 128화면

아오조라 문고

政宗は領掌したが、人質には盛重一人しか出さなかった。氏郷は承知しなかった。遂に十二月二十八日成実は人質に出た。此の成実は嘗て政宗に代って会津の留守をした程の男で、後に政宗に対して何を思ったか伊達家を出た時、上杉景勝が五万石を以て迎えようとした。然し景勝には随身しないで、復伊達家へ帰ったが、其時は僅に百人扶持を給されたのみであったのに、斎藤兵部というものが自ら請うて信夫郡の土兵五千人を率いて成実に属せんことを欲したので、成実は亘理郡二万三千八百石を賜わって亘理城に居らしめらるるに至ったという。所謂埋没さるること無き英霊底の漢である。大坂陣の時は老病の床に在ったが、子の重綱に対って、此戦は必ず一度和談になって、そして明年に結局を見るだろう、と外濠を埋められてから大阪が亡びるに至るだろうことを予言した片倉小十郎と共に実に伊達家の二大人物であった。其の成実を強要して一旦にせよ人質に取った氏郷は、戦陣のみでは無い樽俎折衝に於ても手強いものであった。

其年は明けて天正十九年正月元日、氏郷は木村父子を携えて名生を発して会津へと帰る其途で、浅野長政に二本松で会した。