후리가나로 읽는 일본 고전
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がもううじさと
蒲生氏郷
幸田 露伴
幸田 露伴의 蒲生氏郷(がもううじさと)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 65,772자 · 128화면
秀吉が出て来さえしなければ、無論大崎氏葛西氏は政宗の麾下に立つを余儀なくされるに至ったのであろう。此の木村父子は小身でもあり、武勇も然程では無い者であったから、秀吉は氏郷に対して、木村をば子とも家来とも思って加護って遣れ、木村は氏郷を親とも主とも思って仰ぎ頼め、と命令し訓諭した。これは氏郷に取っては旅行に足弱を托けられたようなもので、何事も無ければまだしも、何事か有った時には随分厄介な事で迷惑千万である。が、致方は無い、領承するよりほかは無かったが、果して此の木村父子から事起って氏郷は大変な目に会うに至って居るのである。
氏郷は何様な男であったろう。田原藤太十世の孫の俊賢が初めて江州蒲生郡を領したので蒲生と呼ばれた家の賢秀というものの子である。此の蒲生郡を慶長六年即ち関ヶ原の戦の済んだ其翌年三月に至って家康は政宗に賜わって居る。仲の悪かった氏郷の家の地を貰ったから、大きな地で無くても政宗には一寸好い心地であったろうが、既に早く病死して居た氏郷に取っては泉下に厭な心持のしたことで有ろう。家康も亦一寸変なことをする人である。氏郷の父の賢秀というのは、当時の日野節の小歌に、陣とだに云えば下風おこる、具足を脱ぎやれ法衣召せ、と歌われたと云われもしている。