후리가나로 읽는 일본 고전
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そうていのいぎ
装幀の意義
萩原 朔太郎
萩原 朔太郎의 装幀の意義(そうていのいぎ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 1,489자 · 3화면
しかしてこの一つの奇異なる事実――それが他人の趣味によつて選定されるといふこと――が、美術品や文学書の装幀に於ける最も興味ある哲学を語るものではないか。なぜといつて私の所有にかかはるところの油画は、それが他人の描いたものであるにかかはらず、私自身の好みによつて、勝手に自由にその額縁を選定し、よつて以て私自身の解釈による芸術を眺めることができるからだ。
思へ一つの同じ音楽、同じ叙情詩、同じ宗教に対して、いかに多くの異つた解釈があるか。すべての芸術とすべての宗教とは、各の読者と各の弟子たちにまで、彼等自身の趣味を反映させるにすぎないだらう。たとへば日蓮は日蓮の個性に於て、親鸞は親鸞の個性に於て、同じ一人の釈迦を別々に解釈し――ああいかに彼等の解釈がちがつてゐたか。――そして私らは私らの個性に於て、私ら自身の趣味にふさはしいところのゲーテやシヨパンを、各自に別々に理解するまでの話である。だから保羅の説いた耶蘇教が、その実保羅自身の耶蘇教であつて、他のいかなる耶蘇教ともちがつてゐた――恐らくは耶蘇自身の耶蘇教ともちがつてゐた――と同じく、私の鑑賞によるところの雪舟は、私自身の雪舟であつて他のいかなる人々の見た雪舟とも差別される。