일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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にんしきろんとはなにか

認識論とは何か

戸坂 潤

戸坂 潤의 認識論とは何か(にんしきろんとはなにか)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 58,432자 · 116화면

아오조라 문고

E・デュルケムは、カントによるアプリオリな諸範疇の類が、実は経験的な社会関係の所産であることを実証しようと企てた。オーストラリヤ東半部土人の原始社会のトーテム生活に於ける宗教的社会的必要が、経験的に生活の一定のノルムを決定し、それがその社会のロジックの要素としての諸範疇を構成するというのである。アプリオリなものは勿論経験的なものではなくて、逆に経験を指導するものなのだが、その超経験的なものも実は経験からの所産の一つだ、というのである。レヴィ・ブリュールの原始人の論理的範疇についての一連の研究は、先験的範疇が社会的所産であることを証明するに充分だろう。W・イェルザレムの知識社会学は、デュルケムの観点を、より形式的にであるが、カントの批判に向かって集中した。実証主義が之ほど先験主義の弱点に肉迫した場合は珍しい(彼は『純粋理性の批判』の代りに「人間理性の社会学的批判」を企てたと称している)。だがこの種の社会学者の省察が、カント学派の「哲学者」達の尊敬を殆んど買い得なかったらしいのは残念である。――同じ要領を、美的真理について明らかにしようとした例は、やはりカントの敵対者の一人であるJ・M・ギュイヨーの美学であった。