일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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にんしきろんとはなにか

認識論とは何か

戸坂 潤

戸坂 潤의 認識論とは何か(にんしきろんとはなにか)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 58,432자 · 116화면

아오조라 문고

それ故、H・リッケルトのように、主観と対象との関係を一般に認識と見ようとする形式的な観点の方が、まだしも無害なのであって、何によらず認識主観と認識対象があれば、つまり認識は存するわけなのだ。

私が特にコーエンとリッケルトとを持ち出したのは、今日ブルジョア観念論に於て「認識論」というものの意義を高からしめたものが、他ならぬこの人達の新カント派であるからだ。彼等の手によって、特にリッケルト等の手によって、認識論というものは「形而上学」と区別された哲学の新しい領域とされた。ばかりではない、今後の哲学の唯一の領域はこの認識論だということにさえされたからである。勿論新カントは決して今日の代表的な哲学学派であるとは云えない。一つの小さな現象に過ぎぬと云ってもいいかも知れない。だが、この論理主義が現代人の哲学意識の内の、相当健全な一面を、偶然にも云い表わしているという点を、見逃してはならぬ。吾々も亦、他の意味と系統とから云って、今後の哲学の要点は、認識論の他にはないと考える。哲学は或る意味に於ける論理学だと考える。その考え方と、表面上、言葉の上で、偶然にも一致するのだが、これをただの偶然としてばかり見送ることは出来ない。