후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
あきらめているこどもたち
諦めている子供たち
坂口 安吾의 諦めている子供たち(あきらめているこどもたち)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 2,304자 · 5화면
洋々たる大河である。けだしこういう大ゲサな表現はまた新潟の表現で、彼らは生れながらにして大ゲサな表現が巧妙である。彼らは人が自殺した話をするにもユーモラスにしか語らない。しかしそれが少しも不愉快にきこえないのは彼らは本来自分自身を何より悪くいやらしく滑稽にしか表現しない根性が逞しく確立されそれが本筋をなして一貫しているからで、人の最悪のことを面白おかしく話をしてもイヤ味が感じられない。諦観のドン底をついておって自分の葬式まで笑いとばすような根性が風土的に逞しく行き渡っているのである。それが少年少女に特に強くでる。なぜかというとオトトやオカカは自分の生活苦があっていかに生れつきの持前でも多少は自分を笑いたくないような悲しいやつれがあるが、子供にはそれがないから、彼らの諦観はむしろ大人よりも野放図もなく逞しく表れてくるのである。
こういう諦観はおそらく半年雪にとざされ太陽から距てられてしまう風土の特色と、も一つ新潟は生えぬきの港町で色町だった。つまり遊ぶ町だ。絃歌のさざめきを古来イノチにしていたような町だ。だから「新潟には男の子と杉の木は育たない」と自ら称している言葉があって、私が小学校の時は校長先生の訓辞はいつもそれだった。