일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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れんかんき

連環記

幸田 露伴

幸田 露伴의 連環記(れんかんき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 49,281자 · 95화면

아오조라 문고

定基は大江斉光の子で、斉光は参議左大弁正三位までに至った人で、贈従二位大江維時の子であった。大江の家は大江音人以来、儒道文学の大宗として、音人の子玉淵、千里、春潭、千古、皆詩歌を善くし、千里は和歌をも善くし、小倉百人一首で人の知っているものである。玉淵の子朝綱、千古、千古の子の維時は皆文章博士であり、維時の子の重光の子の匡衡も文章博士、維時の子の斉光は東宮学士、斉光の子の為基も文章博士であり、大江家の系図を覧れば、文章博士や大学頭の鈴なりで、定基は為基の弟、匡衡とは従兄弟同士である。で、定基は父祖の功により、早く蔵人に擢でられ、尋で二十何歳かで三河守に任ぜられたが、然様いう家柄の中に出来た人なので、もとより文学に通じ詞章を善くし、又是れ一箇の英霊底の丈夫であった。大江の家に対して、菅原古人以来、特に古人の曾孫に道真公を出したので大に家声を挙げた菅原家もまた当時に輝いていたが、寂心の師事した文時は実に古人六世の孫であり、匡衡の如きも亦文時に文章詩賦の点竄を乞うたというから、定基も勿論同じ文雅の道の流れのものとして、自然保胤即ち寂心とは知合で、無論年輩の関係から保胤を先輩として交っていたろうことは明らかである。