일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

れんかんき

連環記

幸田 露伴

幸田 露伴의 連環記(れんかんき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 49,281자 · 95화면

아오조라 문고

」料簡、汚い、けちなことである。証得妙果の境界に入り得たら、今度は自分が其の善いものを有縁無縁の他人にも施し与えようとすべきが自然の事である。そこで菩薩となり仏となったものは化他の業にいそしむことになるのが自然の法で、それが即ち菩薩なり仏なりなのである。弥陀の四十八願、観音の三十三身、何様な苦労をしても、何様なものに身を為しても、一切世間を善くしたい、救いたい、化度したいというのが、即ち仏菩薩なので、何も蓮花の上にゆったり坐って百味の飲食に啖い飽こうとしているのが仏菩薩でも何でも無い。寂心は若い時から慈悲心牛馬にまで及んだ人である。それが出家入道して、所証日に深く、浄土は隣家を看るよりも近々と合点せられるに至ったのである。終には此世彼世を一ト跨ぎの境界に至ったのである。そこで昔はあれほど想い焦れた浄土も吾が手のものとなったにつけて、浄土へ行きっ切りとなろう気はなく、自然と娑婆へ往来しても化他の業を執ろうという心が湧上ったに疑無く、言語の端にもおのずから其意が漏れて、それから或人の夢や世間の噂も出たのであろう。その保胤の時から慈悲牛馬に及んだ寂心が、自己の証得愈々深きに至って、何で世人の衆苦充満せる此界に喘ぎ悩んでいるのを傍眼にのみ見過し得ようや。