일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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どうとくのかんねん

道徳の観念

戸坂 潤

戸坂 潤의 道徳の観念(どうとくのかんねん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 71,388자 · 140화면

아오조라 문고

――だがそれにも拘らず「我」(之は必ずしも社会に対する個人というだけのものではないが)は、人格という観念と共にブルジョア・イデオロギーを代表する処の有力な合言葉である。道徳の問題を我へまで持って行くことはそれ自身意味のあることだ。併しこのフィヒテの我たるものが、極度に独立した独身の自発性を有ったもので、一切の世界がこの自我からの発展だというのである。我はフィヒテにとっては、ドイツ哲学的主観的観念論のパンドーラの箱に他ならない。而もこの我がフィヒテの倫理学の枢軸だったのだった。

フィヒテの哲学及び倫理説が、カント哲学の体系的発展(実践理性によって理論理性を統一しようという)であったことは、云うまでもない。フィヒテに次ぐドイツ観念論者はシェリングであるが、晩年のシェリングはヘーゲルとの論争に沿って、自由意志論の展開を試みた。だが夫は極めて宗教的哲学思索であって、もはや道徳に関する倫理学的な常識観念の他へ出て了っている。――でつまり近代ブルジョア倫理学の内、道徳に関する倫理学的問題・倫理学的根本概念、を最も積極的に展開するものは、カント(乃至フィヒテ)であったということになる。