일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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さこく

鎖国

和辻 哲郎

和辻 哲郎의 鎖国(さこく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 443,306자 · 875화면

아오조라 문고

しかし、松永久秀への働きかけはうまく行かなかったであろう。ビレラの留守の間に書いたフロイスの書簡によると、畿内において武士たちの改宗の先駆けとなった結城山城守は、その主君たる松永久秀の京都統治が専横残虐であるのを見て、郷里の尾張へ帰りたい意志を洩らしたという。その頃からもう何かが萌していたのである。しかし事が起ったのは、三好と松永の軍隊一万二千が五月末(永禄八年五月一日)に京都に来てからであった。

フロイスはこの時のことを記して、三好殿が将軍から栄誉を与えられた機会に、その謝意を表するため、己れの子、松永弾正、及びもう一人の大身をつれて京都に来たと云っている。当時京都の町の人もそう思っていたかも知れぬ。しかしこの時来たのは三好長慶の子重存(義重)、松永弾正の子久通(義久)である。重存はまだ十五歳、久通も若かった。初めての任官で、両人とも将軍義輝の「義」の字をもらった。両人はその御礼に将軍を饗応したいと申し出たが、将軍は彼らの軍隊の物々しさに怖れて、その受諾を躊躇し、或は京都からの脱走を計ったとさえ云われている。結局、饗宴の予定の日の二日前、一五六五年六月十七日(永禄八年五月十九日)早朝、清水詣を装った七十騎ほどの三好の隊が突如方向を変えて将軍の宮殿に赴き、訴状を出した。