후리가나로 읽는 일본 고전
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さこく
鎖国
和辻 哲郎
和辻 哲郎의 鎖国(さこく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 443,306자 · 875화면
これは元の宗麟夫人にとっては堪え難い侮辱であった。彼女の宣教師に対する憎悪は無限となり、毒殺・放火などをも辞せない剣幕を示したといわれる。
その後ジョアンは日曜日毎に宗麟の邸へ行って説教を続けた。それは五六カ月にも及んだ。その間に宗麟の改宗の準備が出来たのである。これまでの宗麟は、一方に宣教師を庇護しながらも、信仰のことに関しては禅宗の徒であった。京都の大徳寺の大檀那であり、臼杵にも大きい禅寺を建てて大徳寺の怡雲を招いたのみならず、自らも坐禅に努めていた。その宗麟がすっかり禅宗を離れてキリスト教の信仰に近づいて来たのである。
そういう情勢が宗麟の周囲で動き始めた後、一五七八年の一月に、日向の伊東義祐が島津義久の侵入を受け、孫たちをつれて豊後へ逃げて来た。義祐は宗麟の妹婿であったが、嗣子義益はその方の出ではなく、自ら宗麟の姪を娶っていた。従って嫡孫たちは宗麟の姪の子であった。その一人が、後に安土のセミナリヨにいた祐勝(義勝)である。宗麟の妹の方から出た孫は、後にローマに行ったマンショ祐益である。大友義統は日向を回復するために六万の兵を率いて四月頃出征した。