후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
ちょうへんしょうせつしけん
長篇小説私見
豊島 与志雄
豊島 与志雄의 長篇小説私見(ちょうへんしょうせつしけん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 4,065자 · 8화면
浪子、貫一、三四郎、机竜之助、丹下左膳……一体、真摯な文学は、そして作者が血肉を注ぎこんだ人物は、どこへ行ってしまったか。日本の名高い文学者について、その人が書き生かした人物が、果して幾人世人の頭に残っているだろうか。更に悲しいことには、果して幾人の人物の名前が、作者自身の頭の中にさえ残っているであろうか。
こういう現状であるからこそ、殊に、長篇作品が要望されるのである。人物を書き生かして実在的存在の域にまで高めることについて、短篇は到底長篇に及ばないのは明かである。が、このことに関して一言しておきたいことが一つある。
短篇では、分量の関係上、或る人物なり或る事件なりを全幅的に描くことは困難であって、多くは、人物や事件の断面図となる。云い換えれば、人生の断片となる。尤もこの人生の断片は、すぐれた作にあっては、全体を予想せしむる断片であって、書かれた部分以外に、その額縁以外に、広く進展する可能性を含有している。けれども、そうした断片を取扱う場合、特珠の場合を除いて大抵は、その文学的操作法に一種の限定が生ずる。そしてこの限定は、作者と対象とを分離させる作用をなしがちである。