후리가나로 읽는 일본 고전
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『しゅっけとそのでし』のついおく
青春をいかに生きるか
倉田 百三
倉田 百三의 青春をいかに生きるか(『しゅっけとそのでし』のついおく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 94,413자 · 190화면
天津ノ城主工藤吉隆の招請に応じて、おもむく途中を、地頭東条景信が多年の宿怨をはらそうと、自ら衆をひきいて、安房の小松原にむかえ撃ったのであった。
弟子の鏡忍房は松の木を引っこ抜いて防戦したが討ち死にし、難を聞いて駆けつけた工藤吉隆も奮闘したが、衆寡敵せず、ついに傷ついて絶命した。
日蓮は不思議に一命は助かったが、頭に傷をうけ、左の手を折った。
日蓮は工藤吉隆の法華経のための殉教を賞めて、大僧の礼をもって葬り、日玉上人の法名を贈った。鏡忍房の墓には「手向ノ松」を植えた。
日蓮はこの法難によって、経に符合する意味で法華経の行者としての自信を得た。「日蓮は日本第一の法華経の行者也」という宣言をあえて発する自覚を得た。彼がこの小松原の法難における吉隆と鏡忍との殉教を如何に尊び、感謝しているかは、彼の消息を見れば、輝くほどの霊文となって現われているのであるが、ここに引用する余裕がない。後に書くが日蓮はまれに見る名文家なのである。
この法難から文永五年蒙古来寇のころまで、三、四年間は日蓮の身辺は比較的静安であった。この間に彼の法化が関東の所々にのびたのであった。