일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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おんがくかいのめいしん

音楽と生活 兼常清佐随筆集

兼常 清佐

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N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 29,475자 · 61화면

아오조라 문고

国民歌謡のようなものではない。

シュトルムが『湖畔』を書いてから百年の年月がたっている。今では流行唄もよほどその形を変えて来た。それはニッポンでも同じ事である。まず変ったところは作曲者や詩人がその存在を主張して来たことである。昔の流行唄も、もちろん誰か作った人があるに相違ない。『追分ぶし』も『キソぶし』も『リキューぶし』も作る人がなくては出来るわけはない。しかしその当時の社会では、それを作るという事が、その作った人の存在を主張するほどに値しなかったであろう。作った人も強いてその存在を主張しなかったであろう。それで今から見れば、そのような唄はいつともなく、誰の手からともなく、出来たもののように見える。ある地方の人々の間から全く自然に出来上ったもののように見える。ちょうど野に自然の花が咲き、森に自然の鳥が鳴くようなものに見える。

今では流行唄を作るという事は、相当な仕事になる。経済的な価値を持っている。またその上に作曲者はそれで社会の名声を博することも出来る。流行唄を作った人は、作ったという事を自分の名で主張しなければ損である。それで今の私共には流行唄と同時に、それを作った人のことも関心の的になる。