후리가나로 읽는 일본 고전
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いっさのしょ
魯山人書論
北大路 魯山人
北大路 魯山人의 魯山人書論(いっさのしょ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 4,161자 · 11화면
“世上の認識が誤っているのではないか”と。
“全く世上が筆者の高名に惑うて拙い書を、うまい書でもあるかの如く誤っているんだ”と。
いうところの書家なる人々は、以上のような見方をしてはいないだろうか。書家は書を拵えて旨い字を書いて能事終るとしている観がある。ところが僧には限らないが、およそ見識ある者は、技術上の能事のみには没頭していない。いわば、上手下手を手腕の外に超越している。自分の気格を以て、すべてを終始している。皮肉なことに、この下手を屈託しないほどの見識ある人間に限って、いつも能書を遺している。
それにひきかえ、下手を屈託して、上手の一途を欲する書家たちは、かえってなんの価値も遺すところがない。あるのはただ職工的価値のみ。これはとりもなおさず、書道観に悟りの眼が開いていないからだ。そこへ行くと俗僧たちは別として、僧侶は宗教によって芸術に悟るところがある。さればこそ、高僧の書は尊く、永く遺るのだ。
私はその意味において、鎌倉以前は暫く置き、慶長時代から以後において、春屋が最も好き、江月にいたく肝銘する。深草の元政にも頭を下げる。良寛和尚は固より敬慕して止まない。