후리가나로 읽는 일본 고전
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かまをきずいてしりえたこと
魯山人陶説
北大路 魯山人
北大路 魯山人의 魯山人陶説(かまをきずいてしりえたこと)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 46,780자 · 98화면
以前のように古陶磁でその用を弁じさせようとするのは殆ど不可能なことである。と言って、五条坂の陶器はまた用いらるべくもなかった。
ここに於て自分は京都の宮永東山、河村蜻山、三浦竹泉、九谷方面では山代の須田菁華、山中の矢口永寿、大聖寺の中村秋塘、尾張赤津の加藤作助等々の諸氏に委嘱して、先ず好みのままに生地を作ってもらい、それに自分が絵付けをして震災後我々の所有となった星岡茶寮最初の器物を調えることとして、先ず当面の用を満たすことにしたのである。
当時の自分は陶磁製作に関しては全く迂遠であって、奥田氏の『陶磁百選』などを別天地の思いで眺めていたころである。訳もなく他人に生地を作らせ、その上に絵付けをして先ず満足していたのである。職人に生地を作らせて上絵を付けて、それで作家と称する陶人が立派に存在することは現代陶界の実状である。曾ては自分もそれに知らず知らず満足していた始末であった。だが作られた器物は職人が命ぜられるままに作ったもので、製作技術以外に内容に触れる所はない。技術的に一見綺麗には作られているが、それは決して美しいものではなかった。
宋窯を見せ、古瀬戸を見せれば、職人は直ぐにそれの外形をこそ真似はするが、その内容に大事な精神を欠くというのが避け難い状態であった。