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あなたもわたしも
あなたも私も
久生 十蘭
「毎日新聞」1954(昭和29)年10月29日~1955(昭和30)年3月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,405 字 · 263 页
「これからだって、面白いことは、あるにはあるのよ。いいだけ遊んでいらっしゃい」
思わせぶりなことを言い、留守番にした気で、じぶんは、こけしちゃんという、チビの女中を連れて熱海か湯河原かへ遊びに行ってしまった。
なにをして、どう遊べというのか。犬と漁師の子供では、話にならない。土用波くらいは平気だが、海いちめんのクラゲでは、足を入れる気にもなれない。
こんなことなら荻窪の家に居て、牛車で野菜を売りにくる坂田青年でも、待っているほうがよかった。色は黒いが、いい声で稗搗節をうたう。
「おれァ、お嬢さん、好きだよ」
などと、手放しでお愛想を言ってくれる。
「泣いて待つより……」
退屈にうかされて、サト子は、稗搗節をうたいだした。『枯葉』などという、しゃれたシャンソンも知らないわけではないけれど、稗搗節のほうが、今日の気分にピッタリする。
「野に出ておじゃれよ
野には野菊の花ざかりよ……」
調子づいてうたいまくっていると、地境の生垣の間から大きな目が覗いた。
「あんなところから覗いている」
すごい目つきで、サト子が地境の生垣のほうを睨んでやると、それでフイと人影が隠れた。