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あなたもわたしも
あなたも私も
久生 十蘭
「毎日新聞」1954(昭和29)年10月29日~1955(昭和30)年3月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,405 字 · 263 页
ひどく後味が悪い。じぶんでは、さほど理屈っぽい女だと思っていないが、やさしく話をすることができないので、みなを怒らせてしまうらしい。
事務所を出て、六丁目の『アラミス』の前まで行くと、葉を落したプラタナスの街路樹のそばに、どこかで見たことのある車が置いてあった。いつかのウィルソンという男の車に似ているようだが、内張の色がちがう。考えているうちに、鎌倉の近代美術館から、扇ヶ谷の秋川の家まで乗って行った車だったと思いついた。そういえば、愛一郎と並んですわった操縦席のシートのぐあいに見おぼえがあった。
「神月は、秋川なんかといっしょなんだわ」
愛一郎は神月伊佐吉を憎んでいるようだが、どういう関係にあるのか、秋川は、毎月、神月に生活費の仕送りをし、神月が銀座のバーやレストランで使っただけのものは、文句もいわずに払ってやっているということも聞いている。秋川が神月といっしょに食事をするなんてのは、ありそうなことだった。
「神月なんか、どうでもいいけど、秋川や愛一郎に会えるなら、うれしいみたいだ」
ひっそりとした秋の風景のなかで、秋川と対坐したひと夜の楽しい思い出は、いまも心のまんなかに場をとっている。