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あなたもわたしも

あなたも私も

久生 十蘭

「毎日新聞」1954(昭和29)年10月29日~1955(昭和30)年3月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,405 字 · 263 页

青空文庫

「じゃ、広縁のほうへ回っていただいて……」

広縁の椅子で待っていると、玄関わきの枝折戸から、いかついかっこうをした、年配の男がはいってきた。

黒っぽい背広を着こんで、秋のすがたになっているので見ちがえたが、あの日の、ひとのよさそうな中年の私服だった。

「あなたでしたの……あなたが中村吉右衛門?」

「私が、中村吉右衛門です」

脳天を平らに刈りあげた、屋根職といった見かけの無骨なひとは、中村吉右衛門には、似てもつかぬものだった。

サト子は、こみあげてくるおかしさを、下っ腹のところで、ぐっとおさえつけた。

吉右衛門は庭先に立ったまま、むずかしい顔で、

「お笑いに、ならんのですか」

「あら、どうして?」

「私が名を名乗って、笑いださなかったのは、過去現在を通じて、あなただけです」

そういいながら、広縁に浅く掛けた。

サト子は椅子にいるわけにもいかなくなって、そばへ行って坐った。

「なにか、ご用でしたの」

「このへんまで、散歩に来たもんだから、ちょっと」

サト子は、笑いながら切りこんだ。

「散歩、という顔ではないみたい。あなた、あたしを女賊の下っぱくらいに思っているんでしょ? いま、ギョロリとにらんだ目つきが、そんなふうだったわ」