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あなたもわたしも

あなたも私も

久生 十蘭

「毎日新聞」1954(昭和29)年10月29日~1955(昭和30)年3月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,405 字 · 263 页

青空文庫

「あす、東京へ帰ったら、また、目まぐるしく働かなくてはならない」

クラブへ顔をだしても、すぐ仕事があるとはかぎらない。そのあいだのいく日を、どうして食いつないで行けばいいのか。

サト子は、下の谷につづく暗い坂道を、あてどもなくブラブラ降りて行ったが、その思いが、苦になって心にのしかかり、足をとめては、ため息をついた。

石高道になったところで、空鳴りのような、もの音を聞いた。せせらぎの音だと思ったら、上の松林を吹きぬけて行く、風の音だった。

「……酔っているのかしら」

その場かぎりの会話をしたあとの憂鬱が、心にまといつき、わけもなく飲んだ白葡萄酒の酔が頭に残って、ときどき、ふっと夢心地になる。

これが生酔いというものなのか、気持の張りがなくなって、生きていくことのむずかしさが、つくづくと身にしみる。

ファッション・モデルという職業も、好きではない。この仕事に適しているとも、考えていない。期待も、希望もない。食べるだけのために、行きあたりばったりに、漂い流れている感じ……頭のなかがいそがしくて、ひとを愛している暇もない。愛されたいとも、思っていない。

モデルのクラブでは、気位いの高い、むずかしいやつだと思われているらしい。