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うすゆきしょう
うすゆき抄
久生 十蘭
「オール讀物」1952(昭和27)年1月号~3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,454 字 · 59 页
へひきよせようなどと、奇怪な大望をおこすこともなかったろう。
行子は三階の閣室で、おなじ年ごろの高根という侍女を相手に、のどかな顔で双六の骰子を振りながらいろいろと画策していた。こうまで取固めた囲のなかへひきこむにはどうすればいいのか。むずかしいようでも、そのほうはやり方次第でやれるが、難物は、毎夜つづきの部屋に寝る母の資子である。二六時中、頭のなかが冴えかえり、およそ寝くたれるの寝呆けるのということのない眼の慧いひとだから、気づかれずにぬけだすなどは、出来ない相談である。しかし、このほうも間もなく解決した。
行子が黒谷の尼院の局まがいで、似たような境遇の預姫と長い一日をもてあましていたころ、雑仕の比丘尼たちの乏しい食餌に悩み、古柯という葉を灰で揉んで噛んだり、護摩壇の罌粟加持につかう罌粟の精を飲んだりして空腹をまぎらしていた。過度に厳格な律の生活を緩和する一種の逃げ道として、むかしから行われている方法だというが、そんなものを飲んでいる間、比丘尼たちの表情に黄昏のようなものしずかな情緒がつき、人間の塵垢を離れた天人のような玲瓏たる顔つきになる。比丘尼たちに聞いてみると、眼はあいていても心は深く眠りこんでしまい、この世の苦もわずらいもみな忘れているということであった。