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おさん
おさん
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,128 字 · 66 页
「女房持ちだって断わっておいたぜ」
「そんなことじゃないの、いっしょに江戸まで伴れてってもらいたいのよ」
参太は振向いて女を見た。
「迷惑はかけないわ」と女は云った、「自分の入費は自分で払うし、江戸へ着いたらすぐに別れるつもりよ、ねえ、お願い、道中だけおかみさんってことにして伴れていってちょうだいな」
「昨日はじめて会ったばかりだぜ」
「晩にどうして」女は眼に媚をみせた、「いくらこんな旅籠宿の女中をしていたって、誰の云うことでもきくような女じゃあないわ、それともあんたにはそんな女にみえたの」
「どんな女ともみなかった、ただ、決して後悔はしないだろうと思ったな」
「させなかったつもりよ、そうでしょ」
「もう一杯もらおう」と参太は湯呑を女に渡した、「――どうして江戸へゆくんだ」
「田舎がいやになったの」
「帰る家はあるのか」
「友達が両国の近くにいるわ、料理茶屋に勤めているの」と女が云った、「まだ生きていればだけれど」
「生きていたって、女は身の上が変りやすいもんだぜ」
「その代り食いっぱぐれもないものよ」茶を淹れて参太に渡しながら、女は云った、「いいでしょ、伴れてってくれるわね」