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おさん

おさん

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,128 字 · 66 页

青空文庫

参太は歩きながら振返ってみたが、子供の姿は霧に隠れて見えなかった。おふさは手甲をし脚絆を掛け、裾を端折った上に塵除けの被布をはおっていた。荷物は小さな風呂敷包が一つで、頭は手拭のあねさまかぶり、いかにも旅馴れたような軽い拵えであった。

「宿帳はどういうことになるんだ」と参太が訊いた、「兄妹とでもするか」

「霧が晴れるわ、今日はいいお天気になってよ」と云っておふさは参太を見あげた、「――きまってるじゃないの、あんたのおかみさんよ」

「切手はどうする」

「あたしのほうをそうしておいたから大丈夫、迷惑はかけないって云ったでしょ」

礼でも云おうか、と云いかけて、参太は口をつぐんだ。この女とは今日で三日めのつきあいでしかないのに、どういうものかついこっちの口が軽くなる。彼は江戸の大茂の帳場でも、ぶあいそと無口でとおっていたし、大阪で二年半くらしたが、そこでも同じように云われたし、友達のような者は一人もできずじまいだった。それが乃里屋で泊った初めの夜半、ごくしぜんにおふさとそうなり、そして自分でいやになるほど、つい軽口が出てしまうのであった。

「ねえ、ほんとのこと聞かしてよ」