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おもかげ
おもかげ
山本 周五郎
「少女の友」実業之日本社、1942(昭和17)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,242 字 · 21 页
「りっぱなからだに成長したな、十四五くらいにはみえるぞ、どれ立ってごらん」
父はそう云って、正之助をたのもしげな眼でごらんになった。正之助はうれしいなかにも、叔母さまはどんな風に父の言葉をお聞きなすったかと思い、「どうです、父はこんなに正之助をよろこんで下さいますよ――」と云いたい気持で、大きく胸をひろげるのだった。
よろこびはそれだけではなかった。正之助は父といっしょに江戸へゆくことになり、三十五日の忌があけると、母のお墓におわかれをして、生まれて初めての旅にのぼった。季節は晩春で、野山には色とりどりの花があり、うつりゆく遠山の青、ながれる雲の白など、眼につくものがみんなたのしかった。やまかいの道が幾日も続いた、指のきれそうな冷たい川を渡った。丹波のくにへ入ってから、雨に降りこめられて三日ほど宿ですごしたこともあった。京では名所を見せて頂き、大阪へも足をとめた。けれどそれらのものをぜんぶ集めても、遠江のくにで初めて富士のお山をあおぎ見たときの、大きな驚きにはくらべることはできなかった。正之助が江戸のお屋敷に着いたのは、五月のなかばのことであった。