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おもかげ

おもかげ

山本 周五郎

「少女の友」実業之日本社、1942(昭和17)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,242 字 · 21 页

青空文庫

それからいろいろな事が変った。それまでお祖父さまのおそばで寝ていたのを、べつに自分の部屋がきめられた。朝もずっとはやく、午前四時には起きなければならない、そして井戸端へ行って自分で水を汲み、顔を洗ったり、裸になってからだを清めたりするのである。季節はもうすっかり冬になっていたので、正之助にはそれがずいぶん辛かった。そして朝な朝な、重い釣瓶の綱をたぐりながら、「お母さまが生きておいでなすった時は、こんなことはいつも誰かがして呉れたのに――」と思って、しぜんと涙ぐむことがしばしばだった。お稽古から帰るといつもおやつの菓子が貰えたのに、それもやめになった、そのうえ叔母さまが薙刀を持って、武芸の練習をはんとき(一時間)ほどするのである、だから夕食がすむ頃には、まぶたの垂れるほど眠くなっているが、それからまた素読のおさらいをしなければならないのであった。

「もっとはっきり、声をはっきりあげてお読みなさい」

叔母さまはぴしぴしとお叱りになった。

「ご両親がそろっている者と違って、すこしでもひとに劣ると、あれは片親だからとすぐに云われます。心をひきしめて、鳥取藩の誰にも負けない、りっぱな武士にならなければいけません」