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おもかげ

おもかげ

山本 周五郎

「少女の友」実業之日本社、1942(昭和17)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,242 字 · 21 页

青空文庫

叔母さま、正之助はこれから本気になって勉強します、そして、いつ死んでも、お母さまに褒められるようなよい子になります。どうぞ、こんどだけおゆるし下さい、お願い申します」

叔母さまの頬がひきつるように顫え、眼をお濡らしなすったようだった。そして、しばらくのあいだ正之助の顔を見まもっていらしったが、やがてしずかに衿を掴んでいた手を放した。

「ようございます、いま仰しゃった言葉をお信じ申しましょう。ではお家へ戻って、はやく塾へおいでなさいまし」

そのときのことはいつまでも忘れられなかった。夜ふけなどにふと眼ざめて、森閑とした久松山のあたりに狐の啼くこえを聞いたりしても、もう頭から夜具をかぶったりするようなことはなく、じっと闇のなかにお母さまの顔を思いながら怖さと闘った。「お母さまがお望みなさるような強い子にならなければ――」そう思って歯をくいしばった。いちどはおぼろげになった母のおもかげが、あざやかによみがえってきたのはその頃からだった。裾へひくほどもあったお美しい黒髪、いつもしずかに微笑をうかべておいでになるお唇もと、そしてまたたきをすると、云いようもなくおやさしい艶のあらわれるあのお眼など、いろいろなことが、生きていらしった頃よりもまざまざと、本当にまざまざと思い描くことができた。