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かげろうのにっき
かげろうの日記
堀 辰雄
「改造」1937(昭和12)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,890 字 · 60 页
月のない空に、夜まで一そう更けまさって見えた。いつものように私の胸の中は沸きたぎるようだったけれど、父の家は手狭でもあったし、生憎人もごたごたしていたので、息もろくにつけずに、胸に手を置いたような、重くろしい気もちでその夜は明かした。
思ったとおり、あの方からはそれっきり何の音信もなかった。
四月にはいると、道綱を側に呼んで「お前も一しょにおし」と言って、いよいよ長精進を初めた。と云っても別にものものしくはせず、ただ脇息の上に香を盛った土器を置いたぎりで、その前で一心に仏にお祈りした。その祈る心も只「大へん私は不為合せでございました。昔から苦しみばかりの多い身でございましたが、この頃はほんとうにもう生きている空もない程でございます。どうぞ思い切って死なせて、菩提をかなえさせて下さいませ」などとばかりで、少しさしぐみながらお勤を続けていた。
ああ、一昔前、此頃は女だっても数珠をさげ経を手にしていない者はない位だと人々の語るのを聞き、「そんな尼のような御顔をなすっていらっしゃるから寡におなりになるのでしょう」などと非難めいた事まで言った、その頃の自分の心は何処へ行ってしまったのやら。