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かげろうのにっき
かげろうの日記
堀 辰雄
「改造」1937(昭和12)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,890 字 · 60 页
誰もかもみんなそういう私をお避けになったと見える。
そのうちに六月になった。月初めからずっと長雨が続き、此頃はとりわけてあの方もお見えにならなかった。
これまでだったらこんなことは無かったのに、どうしたのか、私はまるで心が空虚になって、そこいらに置いてあるものさえ静かに見られない癖がついてしまっていた。「こんな風にしてあの方は私とお絶えなさるおつもりなのかしら。そうだとすれば、何かあの方の事を自分に思い出させてくれるようなものは残っていないかしら」なんぞと、そんな事まで考え出しながら、あの方がこうしてお離れになればなるほど、あの方に対してついぞいままで覚えのなかった位にお慕わしさのつのって来るような自分をば、自分でどうしようもなくていた。すると十日ばかり立って、あの方から珍らしく御消息のあったのを読んでいると、何くれとお書きになって、最後に「帳の柱に結わえて置いた小弓の矢を取ってくれ」と言われるので、まあ、あの方のこんなものが残っていたのにと、やっと気がつき、それを取り下ろして持たせてやるような、悔やしい事さえもあった。
そんな風に、あの方がますます私からお離れがちになっていられる間も、私の家は丁度あの方が内裏から御退出になる道すじにあたっていたので、夜更けなどに屡あの方が私の家の前をお通りすぎなさるらしい