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からっぽのたんす

からっぽの箪笥

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1961(昭和36)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,708 字 · 4 页

青空文庫

男というものは、ときどき「おれはこんなばかな人間だったのか」と思って冷汗をかくものだ。男と言っては悪いかもしれない、私と言い直さなければならないかもしれないが、いまでもほぞを噛みたいような思い出が、私の半生には幾十百たびとなくあった。その中の一例をここで告白するわけだが、――戦後まもなく、かすとり焼酎さかんなりしころ、私は大森から横浜へ移って、ろくさま仕事もせず、訪ねて来る若い記者諸君と酒浸り(もちろんかすとり浸りの意味)になっていた。

当時は大学校の創立と覇をきそうかの如く、雑誌社や出版社が乱立し、およそ原稿用紙に字の書ける人士なら、老若賢愚の差別なく追いまわされ、巨額な稿料印税でふところを肥大させたようである。私のように無能な末輩のところへも、ときたま(なにを勘ちがいしてか)そういう記者諸氏が来訪されたし、中には高額な原稿料を提供することによって知られた、新興数社の紳士もあったが、すると私は、いっしょに飲んでいる若い記者諸君に眼くばせをし、ほぼ次のような問答をとり交わしてたのしむのであった。

紳士、――私の社では原稿一枚についてしかじかの(金額)額をお払い致します。