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このしょとう
この初冬
宮本 百合子
「中外商業新報」1939(昭和14)年12月2、3、5日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,558 字 · 8 页
それへひっかけないようにそこで一寸櫛の歯を浮かす、その呼吸がのみこめた時分にはそろそろ私のかえる時が迫った。祖母の鏡立ては木目のくっきりした渋色の艷のある四角い箱のようなものであった。鏡は妙によく見えなくて、いくら拭いても見えないことには変りがなかった。
父が何年も何年も前に一つの鏡を私にくれた。古風な唐草模様のピアノの譜面台らしいものに長方形の鏡をはめこんだもので、今だにそれを箪笥の上に立てかけて使っている。この鏡と手鏡だけが、私の朝夕の顔、泣いた顔、うれしそうにしている時の顔を映すものなのだが、考えてみれば姿見だの鏡台だのというものがその部屋に目立たない女の暮しの数も、この頃は見えないところで随分殖えて来ているのではないかしら。見えないところでというのは、婦人雑誌の口絵などでは、やっぱり三面鏡のついた化粧台が若い女性の憧れの象徴のように出されたりしているのだから。
女が鏡に向うと誰でもいくらか表情をかえるのは面白いと思う。瞬間つい気取るようにして、眼のなかには自分を調べる色がきらめくのである。ビルの昼の休みの洗面所の鏡の前に若い女事務員たちが並んで、顔をいじりながら喋る時の独得の調子で、盛んに喋っているのも面白い。