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そのとし

その年

宮本 百合子

「宮本百合子選集 第五巻」安芸書房、1948(昭和23)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,964 字 · 28 页

青空文庫

一

雨天体操場の前へ引き出された台の上から痩せぎすな連隊長の訓辞が終り、隊列が解けはじめると、四辺のざわめきと一緒にお茂登もほっと気のゆるんだ面持で、小学生が体操のとき使う低い腰かけから立ち上った。

源一が、軍帽をぬいで、汗を拭きながら植込の方へやって来た。そのあたりには、お茂登ばかりでなく、生れて間もない赤んぼをセルのねんねこでおぶった若いおかみさんだの紋付羽織の年寄だの、出征兵士の家族がひとかたまり、さっきから見物していたのであった。

母親のそばへ来ると、源一は、にっこり笑いながら、幾分照れくさそうに、

「どうで」

おとなしい口調で云った。

「見えたかね」

「おお、よっく見た」

お茂登はわが子のがっしりとした様子を心に深くよろこびながら、ちょっと声をおとして、

「大分年をひろったひともおるなあ。背嚢背負うのに手つだって貰っとるような人もあるで」

「――今度のは後備もまじっとるから……。いろいろだ」

腕時計をのぞいて源一は、

「どうする? おっ母さん」

ときいた。

「先へ宿舎の方へ行って休んどったらいい。あっちなら普通の民家の二階で親切な家だし、永田の家のもんも来とるから」