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どぶろくげんそう

どぶろく幻想

豊島 与志雄

「群像」1952(昭和27)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,452 字 · 21 页

青空文庫

高い煙筒や壊れかけたコンクリート塀などが残っていた。もうだいぶ夜更けなのだろう。通行人も見当らなかった。

雑草の中にわけ入り、腰を下して、煙草を吸い、方向を考え、そして……何をしていたやら。

淡い月がいつのまにか出ていた。

見覚えのある女の顔が、俺の方を覗きこんだ。見覚えはあるが、どこの誰だか分らなかった。淡緑のセーターを着て、青いズボンをはいている。

「野島さん……。」

秋の夜気が身にしみて、へんにぞっとし、そして初めて分った。なあんだ、周伍文のおかみさん、千代乃さんじゃないか。

「こんなところで……どうなすったの。」

立ち上ったが、躓きかけた。

「道がすっかり分らなくなった。」

「いらっしゃい。こちらですよ。」

歩きだして、はっきりした。周伍文の店の近くなのだ。

表の戸は半分しまり、半分だけ開いていた。つかつかとはいってゆくと、そこの土間には客はなく、奥の小部屋で、周さんとも一人、差し向いで飲んでいた。

周伍文のこの店はありふれた小さな居酒屋で、おでん、焼酎、安物のウイスキー、などが並んでいた。だが、置台の横手の通路をはいると、奥にまた狭い土間があって、そこでは、懇意なお客が特別なものを味った。