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ひとごろし
ひとごろし
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1964(昭和39)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,607 字 · 45 页
あの茶店へはいるなと、六兵衛は思った。昂軒はその茶店へはいり、笠をぬぎ旅嚢を置いて腰掛けに掛けて汗をぬぐった。六兵衛はそれを見さだめてから、十間ほどこっちで立停り、大きな声で叫びたてた。
「ひとごろし」と彼は叫んだ、「その男はひとごろしだぞ、越前福井で人を斬り殺して逃げて来たんだ、いつまた人を殺すかわからない、危ないぞ」
六兵衛は三度も続けて同じことを叫んだ。小説としてはここが厄介なことになる。その叫びを聞いて昂軒が立ちあがるのと同時に、茶店の裏から腰の曲った老婆と、四十がらみの女房がとびだし、小高くまるい塚のような、円丘のほうへ逃げてゆくのが見えた。
「黙れ」と昂軒が喚き返した、「おれにはおれの意趣があって加納を斬った、おれは逃げも隠れもしない、北国街道をとって江戸へゆくと云い残した、討手のかかるのは承知のうえだ、きさまが討手ならかかって来い、勝負だ」
六兵衛はあとじさりながらどなった、「そううまくはいかない、勝負だなんて、斬りあいをすればそっちが勝つにきまっているさ、私は私のやりかたでやる、この、ひとごろし」
「卑怯者」と昂軒は喚き返した、「それでもきさまは討手か、勝負をしろ」