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ひとごろし
ひとごろし
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1964(昭和39)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,607 字 · 45 页
昂軒は顔を赤黒く怒張させ、拳をあげて、「卑怯者、臆病者、侍の風上にもおけないみれん者」などと罵った。あんまり語彙は多くないとみえ、同じ言葉を繰返しどなり続けた。六兵衛は用心ぶかくあとじさりしながら、人殺し、おまえは人殺しだ、みなさん、この男は人殺しですよ、と喚きたてた。道には往来の者が多く、六兵衛の声を聞くなり、それぞれが元来たほうへ駆け戻っていった。かれらの足許から舞いあがる土埃で、道の上下は暫く灰色の靄に掩われたようであった。
「卑怯者」と昂軒が刀の柄に手をかけてどなった、「きさまが討手なら勝負をしろ」
「勝負といっても、こっちに勝ちみのないことはわかっている」六兵衛はまたあとじさった、「私は私の流儀でやるつもりだ」
「きさまそれでも武士か」
「どう思おうとそっちの勝手だ、私は私のやりかたで役目をはたすよ」
「みさげはてたやつだ」昂軒は道の上へ唾を吐いた、「福井にはきさまのような卑怯者しかいないとみえるな」
「人殺しよりは増しだろう、とにかく、ゆだんは禁物だということを覚えておくんだね」
昂軒は追いかけようとしたが、それより先に六兵衛が逃げだした。その動作の敏速なことと、逃げ足の速いことはおどろくばかりであり、昂軒はすぐに追いかけるのを諦めた。