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ひとりすもう

ひとりすまう

織田 作之助

「海風 第三号」1938(昭和13)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,706 字 · 40 页

青空文庫

顔がみるみる赧くなってしまった。丁度曲り角の手前だったので、まるで逃げる様に道を折れてしまった。坂道だったので、咳が出て困った。思いがけ無く会ったというよりも、むしろ会うことを期待していたので、そんなに周章てるに及ばなかった訳だが、期待していただけに、かえってその期待していたという気持を見すかされやしないかと怖れて逃げ出したのであろう。思いがけなく会ったのなら、もっと大胆になれただろうと思う。勿論それにしてもあの様な最初から最後まで奇妙だった出会いの後ではあるし、又眩しいほどの彼女の美しさであるから、一応は逃げたくもなるだろうけれど。坂を登りながらぼくは些かみじめな気持だった。後で後悔するだろうと思ったのだ。ふと振り向くと、彼女も又道を折れて坂を登って来るのだ。爽快な朝だった、とは今にして想うことであって、その瞬間、ぼくは身体のやり場に困るほどみじめな気持だった。彼女はぼくに気がついているに違いない。そうとすればコンコンと咳きながら顔赧くして逃出す様に坂を登っているぼくの姿は滑稽に見えるかも知れない。そうぼくは思ったのだ。ぼくは勇気を振い起して、大胆に彼女の方へ近寄り、言葉をかけなければならない、と自分に言いきかせた。