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もののかげ

ものの影

豊島 与志雄

「心」1952(昭和27)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,794 字 · 18 页

青空文庫

「私の言葉を信じて下さらなければいけません。あれはまったく、私がしたことです。私自身が手を下したのです。その証拠には、あの死体が横たわっていた、一本松の葦の茂みのほとりに、何ものとも知れない暗い影を私は感ずるし、それが私の上にまで被さってくる。こんなことは、当の本人でなければ分るものではない。ね、そうでしょう。勿論私は、罪悪を感じたり、自責の念を覚えたりはしません。彼奴が悪いのだ。」

「そうだ、先方が悪い。」

「然し、なにか影がさしてくる……。」

「そんなもの、焼き捨てればいい。」

「焼き捨てる……。」

彦一は夢からさめたかのように、ふと苦笑を浮べた。

「紙屑みたいにはいきませんよ。」

「いや、紙屑だって容易じゃない。」

「だから、どうなんです。」

「焼き捨てるのさ。」

彦一はまた腹が立ってきた。いい加減、狂人のなぶり者になってるような感じだ。

彼は黙って立ち上り、挨拶もせずに歩き去った。田中さんは草の中にしゃがみこんだまま、空を仰ぎ見ていた。

翌日の払暁、一本松の葦のほとりに火の手があがった。もとより、その辺に人家はないから火災ではない。然し火先や煙の勢が大きく、ただの焚火とも見えないので、近くの人々が行ってみると、田中さんが葦の茂みを焼いているのだった。