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もののかげ

ものの影

豊島 与志雄

「心」1952(昭和27)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,794 字 · 18 页

青空文庫

彦一にとって意外だったのは、たしかに手応えがあったことだ。相手は人影でもなく、死気でもなく、なまの肉体の重みでばったり倒れ、葦の茂みがざわざわ揺れた。夜気が渦巻き、総毛立って、それから冷りと静まる。張り合いのない真剣さだ。何物へともない、憤怒、そして憎悪……。

彦一は靴の足先に、堅い重いものを意識した。土瓶大の石塊だ。それを彼は両手に取り上げ、地面に伸びてるものに向って、力一杯投げつけた。穢らわしい感じの、鈍い音がした。

ざまあ見やがれ。吐き捨てるような思いだった。歩き出して、ふと空を仰ぐと、星々が燃えるように光っていた。

それから彼は、明るい街路に出て、屋台店でまた焼酎をあおった。アパートの室に帰りついたのは、深夜だった。

翌日の夕刊から次の日の朝刊にかけた新聞に、一本松の事件が簡単に報道されていた。大きく取扱われるほどのものではなかったが、少年の怪死体として、多くの謎を含んだ記事になっていた。

通称一本松と言われてる路傍の葦の茂みの中に、少年の死体が発見された。縊死する旨の遺書と、縊死に用ゆるつもりだったらしい細紐とが、懐にはいっていた。遺書は彼の自筆であり、細紐は彼の寝間着紐だった。