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もののかげ
ものの影
豊島 与志雄
「心」1952(昭和27)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,794 字 · 18 页
単に好奇心からの推理だけだとは言えないものがあった。彼の表情を注視する者があったら、何等かの疑念を懐かないとは限らなかった。
捜査の手は伸びてるに違いなかった。少年の身元も詳しく洗われたことだろう。死体は解剖に附されたろう。そしてあの石には、彦一の指紋が残ってた筈だ。何か些細な遺留品でもありはしなかったろうか。あの時のことを瞥見した人目はなかったであろうか。
あの夜、彦一はしたたか酔っていた。その上にまた飲んだ。酔ってるのは珍らしくないとしても、あの夜は少しひどすぎた。そして深夜の帰宅。どこをどう歩き廻ったのか、自分でもよく覚えていなかった。アリバイは困難だろう。
然し、彦一自身は、冷静に反省してみても、あのことに対してさほど自責の念を覚えてるわけではなかった。
あれは、殺人ではない、と彼は感じた。また、彼は自殺幇助を罪悪だとは認めなかったが、あれは自殺幇助でさえもない、と彼は感じた。それならば、あれはいったい何だったのか。忌わしいものに対する嫌悪、憎悪、それだけではなかったか。そして、そういう感情も、それに伴う半無意識な行動も、人間に許されてる正当な権利ではないか。