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わがちち

わが父

宮本 百合子

「中央公論」1936(昭和11)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,314 字 · 19 页

青空文庫

「じゃまた十三日にね」

と今度こそ帰る気で立ち上った。母の命日が六月十三であった。一家揃って食事をする好い機会として父と私、そして家じゅうの者が毎月十三日、夜か昼かにきっと時間をあけておくようにしているのであった。

父は、十三日にねという私の挨拶には直ぐ答えず、口を大きくへの字形にして悲しそうな八の字に房毛の出た眉毛を顰めながら頭をゆるくふり動かした。これは父の特徴ある身振りの一つで、気の毒な話を聞いたとき、悲しいような心持になった時、よくやるのであった。今の場合、その表情に半分のふざけた誇張が混っているのはよくわかって私は笑いながら、

「駄目よ、駄目よ」

あわてて拒絶する恰好をした。そして一寸真面目な親しさにかえり、

「お父様だって私ぐらいの時分は、やっぱり仕事、仕事だったにきまっているくせに――」

そして、改めて、

「左様なら」

私はお辞儀の代りにまだそこに腰かけたままでいる父の八分どおり白い髪の毛で縁どられた頭に軽く自分の頬をふれた。父の頭は大きくて、暖かく禿げていて、体温にとけ和らげられたオー・ド・キニーヌの匂いがいつも微かにしているのであった。