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イタリアじん

イタリア人

寺田 寅彦

「ホトトギス 第十一巻第七号」1908(明治41)年4月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,981 字 · 8 页

青空文庫

……東京は雪がふった。千駄木の泥濘はまだ乾かぬ。これが乾くと西風が砂を捲く。この泥に重い靴を引きずり、この西風に逆らうだけでも頬が落ちて眼が血走る。東京はせちがらい。君は田舎が退屈だと言って来た。この頃は定めてますます肥ったろう。僕は毎日同じ帽子同じ洋服で同じ事をやりに出て同じ刻限に家に帰って食って寝る。「青春の贅沢」はもう止した。「浮世の匂」をかぐ暇もない。障子は風がもり、畳は毛立っている。霜柱にあれた庭を飾るものは子供の襁褓くらいなものだ。この頃の僕は何だかだんだんに変って来る。美しい物の影が次第に心から消えて行く。金がほしくなる。かつて二階から見下ろしたジュセッポにいつの間にか似てくるようだ。堕落か、向上か。どちだか分らない。三月十四日

ペンで細字で考え考え書いてしまったのを懐にして表のポストに入れに出た。そして今書いた事を心でもう一遍繰り返しながら、これを読んだ時に黒田の苦い顔に浮ぶべき微笑を胸に描いた。

(明治四十一年四月『ホトトギス』)